髪にまつわる文化史

現在日本には、薄毛を気にしている男性が800万人から1000万人ぐらいいると推定されます。2003年に実施した意識調査によると、日本の成人男性4200万人のうち、薄毛を「自認している」人は2160万人、薄毛を「気に病んでいる」人は800万人。また、650万人もの男性が何らかの方法で薄毛への対処をした経験をもち、現在もおよそ500万人が薄毛、抜け毛対策を行っています(厚生統計協会・日本の将来推計人口[2002年一月推計]の2003年中位推計より推定)。つまり多くの男性にとって、頭髪の減少は悩みの種であるわけです。

これは日本に限った現象でしょうか? ひょっとして世界のどこかでは、「薄毛はモテる男の条件」あるいは「薄毛はインテリイメージ」などという国もあるのではないか。そう思って調べてみました。

その結果、髪型の流行は、その時代や地域ごとに異なる民族、宗教、政治問題なども絡んで、さまざまに変遷していることが分かりましたが、薄毛や禿頭がもてはやされたためしはないようです。

日本では「坊主頭」の名の通り、つるつるに剃りあげた頭と言えば、すぐに思い浮かぶのは僧侶でしょう。すべての宗派で剃髪が義務づけられているわけではないようですが、頭を丸めるのは「俗世間と縁を切る」との意味だそうです。

戦国時代には敗戦の将が頭を丸めて法体になる習慣もありましたが、これは反省や敵将への服従心を表すものでもあります。現代においても、頭を剃りあげることには、規則を破ったときや、闘い、賭けなどに負けたときの「罰則」のイメージがどこかつきまといます。

日本だけではありません。中国でも刑罰の一種に剃髪がありました。

もちろん、一般の人のなかにはファッション的にスキンヘッドを選んでいる人もいますが、髪の毛のない頭に対するイメージは、洋の東西を間わず、あまり芳しくないようです。

「髪に力や命が宿る」といった言い伝えをもつ地域も多く見られます。これもまた、髪の喪失に対するマイナス感情が大きいからこそ生まれた言葉ではないでしょうか。

そう言えば旧約聖書にも、髪のパワーについての記述がありました。紀元前一一世紀頃、ペリシテ人の支配下にあったパレスチナを舞台にしたサムソンの物語です。ヘブーフイ人として生まれたサムソンは、神から怪力を授かりましたが、ペリシテ人の娘デリラに恋をしてしまいました。サムソンの怪力にほとほと手を焼いていたペリシテ人は、デリラを利用してサムソンの「弱点」を探りだし、ついにサムソンを無力化することに成功するのです。

サムソンの弱点とは、髪を失うことでした。ヘブライ人には「強い酒を飲まない」「死体には触れない」、そして「頭に剃刀を当てない」という神との誓いがあり、サムソンは髪の毛を剃られたことでパワーを失ってしまうのです。



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